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大王わさび農園の、歴史探索ツアー!

今回は、松本平山麓の安曇野の代表的な観光スポットとなっている
大王わさび農場」に行ってきました~。そしてこの「大王さわび農場」
の奥にも「安曇族」に繋がる伝説のある神社があるので、今回はそこの
安曇族に繋がる伝説をご紹介したいと思います~~。

歴史探索ツアー」とは、地図には載っているが、山の奥深くだったり
道はすでに廃道になっていたりして、入る人も居なくなっていたり・・、
ターゲットが存在するのかどうかも分からない・・・、乗鞍高原のそんな
気になる「歴史の史跡」を探索&追求しようというモノです~~。

今回のターゲットは、超有名な観光スポット「大王わさび農場」の奥に
ある、「大王神社」です~!!
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「大王わさび農場」は、豊科の少し北側にある、おそらく安曇野で一番
有名な観光スポットです・・・。でも、この豊科や安曇野には「大王」と
いう地名はありません・・・。なぜ?このわさびで有名なトコロの農場の
名前に「大王」という名前がついているのか?、皆さんちょっと不思議
じゃなかったですか??・・・。この「大王」というのは、ココ「安曇野」
地域にある昔むか~しの伝説、「魏石鬼八面大王」という話にちなんで
付けられているのです~!!

春の「大王わさび農場」は、まだコロナの影響か、それとも桜の花が
咲く前の早春だからなのか、人がまだ少なかったです・・・。それでも
わさびの白い花は満開になっていましたよ!! 桜の花ももちろん
美しいのですが、他の花も美しく、わさびの花もキレイでした~!!


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でも僕たちはわさび畑をスルーして、その奥にある「大王神社」へと
向かいました・・・。「大王神社」は、わさび畑の奥にあるのです!

現在は、左手のレストランや飲食店が改装中だったのでこの後ろは
立ち入り禁止になっていたのですが、お目当ての「大王神社」までは
行く事が出来ました。 ちゃんと鳥居から入社していきます・・・。


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「大王神社」は、この安曇野地域の伝説である「魏石鬼八面大王」の話に
ちなんで建てられているのです!・・・。 その「魏石鬼八面大王」とは、

【昔むかし、桓武天皇の時代(781~806年)の頃、この安曇野地域は
「魏石鬼八面大王」という優れた怪力無双の領主がいました。でも朝廷
は日本全国統一を目指していて、現在の大阪からこの信濃へと攻めて
きていたのです!・・・。朝廷軍はあの!「坂上田村麻呂」率いる軍団!、
安曇野地域ではたくさんの年貢や貢物を要求されてたりして、朝廷軍
からはかなり苦しめられていたので、女人や子供まで巻き込んで国を
上げての戦いになってしまいました・・・。そして、「魏石鬼八面大王」は
有明山の麓の岩室にて最後まで必死に戦いましたが、最後は田村麻呂
の白鳥の矢に当たって亡くなってしまいました・・・。戦いの後朝廷軍は
「魏石鬼八面大王」があまりに強かったので、再び生き返らぬようにと
遺体をバラバラにして埋めたと言われていて、その胴体が埋まっている
のが、この大王神社の場所らしいです!・・・。】


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大王神社の一番奥にはこのような石の祠がありました。ここは立ち入り禁止
となっているので、望遠で撮影のみでした・・・。「魏石鬼八面大王」は石室にて
最期を遂げたので、石の祠になっているのでしょうか??・・・。

安曇地域の「魏石鬼八面大王」はどこから来たのか?という考察があります。
それは、弥生時代の邪馬台国の前に栄えていた安曇族が、かなり時代が後
の「白村江の戦い」の時に朝廷に反旗を翻した「磐井」氏についていたために、
戦いに敗れた後、現在の福岡県八女市という地名に残っている八女の女王
と一緒に敗走して船で日本海を逃げてきて、現在の糸魚川から姫川を遡行
して長野県の安曇野地域まで来たと言うのです・・・。 その「八女(やめ)」と
いう名前が→「八面(はちめん)」となり、この魏石鬼八面大王の伝説の逸話
になったらしいのです・・・。その八女の女王は、小さな国の女王で、女性の
領主という事で卑弥呼の末裔とも言われているようです! そして八女の
女王と一緒に船を使って敗走したのは、まぎれもなく海人族である「安曇族」
しかないのです!・・・。だから「魏石八面大王」が治めていた国は、「安曇族」の
国の事である!というコトなのです~~。
(坂本博さんの「信濃安曇族の謎を追う」から・・・)

皆さんは、この伝説から事実をすくい取るような考察をどう思われます
でしょうか?!・・・。


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「大王神社」のそのまた奥には、「大王窟」という洞穴がありました~・・・。
これは、有明山の麓にある有明神社の「魏石鬼岩窟」を再現して造られて
いるようです・・・。 この事は以前の「有明神社の歴史探索ツアー」の記事
に書いていますので、リンクからソチラを見て下さい~~。


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「大王窟」の上には、木造りの祠が建っていました・・・。でもこれは、
大王窟自体が大王わさび農場の再現なので、これも後から造られた
モノなのです・・・。でも、そもそも「大王神社」は、このわさび農場の
ある東側に流れている「犀川」の辺りにあり、その元祖の大王神社は
ある時の洪水で流されてしまったモノを、この「大王わさび農場」の
初代社長である「深澤勇一」さんがこの場所に移設してわさび農場の
真ん中に造られたモノだそうです! なので、意味の無いハリボテ
ではないかも?!です~・・・。


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コチラは、「大王わさび農場」のエントランス前にある「魏石鬼」たちの
石像です・・・。逸話は朝廷側から書かれているので、その頃は辺境の国
であった信濃の国のツワモノの人達は、「鬼」という事になってしまって
います・・・。でもコレは、戦争をどちら側から見たのか?によって違う
のと同じような事だと思います。安曇族側から見た歴史では朝廷側が
鬼になるかも知れませんね~・・・。


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今回は、「大王わさび農場」の「大王」という名前が、「八面大王」から来て
いて、それが、もしかしたら5世紀中頃に九州の八女から安曇族と一緒に
逃げてきた「八女の大王」かも?!という事・・・。そして、坂上田村麻呂に
討伐されてしまったのは、この安曇野で滅んだ(かも知れない)「安曇族」の
ことかも?!という繋がりの伝説の話でした~・・・。

このテの「安曇族」の逸話や伝説は、この地域にはたくさんあるのです!!
いろいろ本も出ていて、それらがいろんな角度でどんどん繋がっていくの
は、何かがある!と思わされてしまいます・・・。僕にとっては、自分の地域
の安曇の歴史が日本の神話とも繋がったり、安曇族が日本最古の種族だと
言う話なので、とっても面白いです~・・・。


日本創生の頃に最初の国を創ったとされている「安曇族」・・・。そのゆかりの
地である長野県松本~安曇野へ遊びに来て下さい。そしてそんな歴史ロマン
が感じられる乗鞍高原「カフェ・スプリングバンク」へのご来店、お待ちして
います~~!! よろしくお願いします~~。




by springbk2 | 2021-03-29 07:15 | 歴史探索 | Comments(0)