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御嶽バックカントリースキー!!(登攀篇)

打ち寄せる波のように揺れ動く追憶。
夜と朝の境界線がまだ曖昧なトワイライトの色合いに融ける心は、
悔恨と衝動の狭間を彷徨い、いつまでも消えることは無い・・・。

この世界は、歪んだ矛盾と純粋な狂気に満ちている・・・。
それは人間の心の深い穴。漆黒の渇きに腐食される深い穴。
それは、どんなに埋めようとしても、どんどん広がってしまう。
その渇きの穴の奥深くに、果たして僕達が求める真理はあるのか?

そして、アルピニズムも同じように、純粋と狂気に満ちている・・・。
危険であればある程、苦しければ苦しい程、素晴らしい世界。
そして、アルピニズムの挑戦の世界には、底が無い。
どんどんエスカレートしていっても、さらに枯渇するのである。

どんなに持ち上げても転げ落ちてしまう、永劫に持ち上がらないシシュポスの岩。
限りない一瞬が紡ぐ時の流れは、止まったまま。
眩い煌きを放って焼き焦がし、動けないまま。

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そんなスキーアルピニズムを追求する「チーム・スプリングバンク」の、
今回のターゲットは、火山噴火事故があってから入山規制されていた
「御嶽山」である!・・・。我らが乗鞍岳の隣に聳えていて、いつも乗鞍岳
剣ヶ峰山頂から美しく見えているのに、まだ冬に登って滑った事が無い
のだった!!・・・。ずっとチャンスを伺っていたのだが、未だに未滑降
なのだった・・・。

今回は、先週から~今週は約1週間で白馬栂池、野沢、谷川岳、大山、
八ヶ岳、武尊山など、雪崩事故や遭難事故が立て続けに起きていて、
さすがの僕達も日本海側の山や白馬方面へバックカントリースキーに
行く気にはなれなかったのだった・・・。じゃあ、どうする?という事で、
僕たちは今回は北へは行かず、満を持して!隣の「御嶽山」へとトライを
かけてみたのであった~!!


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まだ真っ暗闇な深夜3時頃に乗鞍高原を出発・・・。松本市内でメンバーと
合流して、一路木曽路を走り、御嶽山の山麓を目指す。そして某所にて
BCスキーの用意をして、ヘッドライトで闇の中へとスタートしていった
のであった・・・。

今回のメンバーは、怪我をしてリハビリなので現在一時的に最強で無い
NJさん、ヒマラヤンMTさん、そして安全運転スキーの僕の、いつもの
3人メンバーである・・・。


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途中、ご来光が上る・・・。東の空は少し雲が出ていて、中央アルプスの
稜線から上るご来光は見えなかったのだが、それでもご来光の色あいは
いつ見ても美しいのであった!・・・。


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明るくなって漆黒の空が素晴らしい青空になっても、僕達は森の中を
ラッセルしながら突き進んでいった・・・。まるで永遠とも思えるほどの
途方も無く長い長い樹海の中のラッセルだった・・・。それでも、僕達は
止まらない。久しぶりに、そして厳冬期初の御嶽山山頂をゲットする
ために無限地獄ラッセルをして登り続けていったのであった・・・。


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そして!、樹林帯の中の何時間ものラッセルをこなして、ついに!
樹林帯を抜けて森林限界に達し、御嶽山の山頂とアルパインな稜線
が見えてきたのであった~!! この絶景が見えてきた瞬間、思わず
皆で「ウオォォーー!!」と咆哮してしまったのであった・・・。


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そして、やっと!8合目の小屋である「女人堂」が見えてきた!!・・・。
ここまでも樹林帯がとてつもなく長かった・・・。ココで僕達はやっと
大休止を入れてインサレーションを着て、カロリーと水分補給をして、
この先のアルパインエリアへと向かっていったのであった~~。

「御嶽山」は、昔は修験者の山だったのだ。だから、登山道の辺りには
たくさんの石仏や何か凡字のような文字の書かれた石版、小屋の周り
にも鳥居や祠などが建っていた。この8合目小屋の「女人堂」も、昔の
女人禁制の中でも信仰に思いを募らせてきた女性の方々が、ここまで
来て祈りを捧げたのだろうか?!・・・。


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女人堂の先は、木は1本も生えておらず風が強いせいなのか、かなり雪が
少なくてスキーシールでは登りづらいために、スキー板を担いでアイゼン
にしてツボ足で登っていった・・・。しかし、時々底無しのようにハマって
しまったりするので、かなり登りづらいアイゼン登攀になってしまった・・・。


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そして、9合目の小屋「覚明堂」の手前の急斜面では膝~太腿まで埋まる
非常にツラいラッセルとなってしまったのであった・・・。ここまででも
かなりフトモモさんを酷使してラッセルしてきたのに、この深雪地帯
のラッセルは非常にシンドいセクションになってしまったのであった。
しかし、山頂へと続く碧天のラッセルを僕は続けていった。美しくも
厳しい、御嶽山の山頂をゲットしたいという僕達のモチベーションは、
この紺碧の空のように一点の曇りもなく燃えていたのだった!・・・。


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膝以上に潜る厳しいラッセルを越えて、やっと「覚明堂」に到着した・・・。
ここから先はやっと雪面が硬く凍ってきたので、登りやすくなってきて
いた・・・。しかし、氷の斜面になってくるということは、滑落の危険性
が高まるのだ・・・。アイゼンのツメを一歩ずつしっかりと氷結の斜面に
差し込んで、緊張しながら登って行ったのであった~~。

この9合目小屋の「覚明堂」は、噴火被害の後は閉鎖されたままらしい。
冬は当然だが、夏期も閉鎖されたままなのは、少し哀しい気がした・・・。


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そして「覚明堂」の小屋の上にある神社に到着した・・・。ここは少しだけ
平らな場所なので、僕達はここでも大休止をさせて頂いた・・・。右側に
立っていらっしゃる真っ黒なお坊さん像は、御嶽山信仰を開いた「覚明」
さんの像なのだろうか?・・・。お堂は雪で埋まっていたと思う・・・。

「御嶽山信仰」は、行者である「覚明」さんによって天明4年(1784年)に
このラインである黒沢口から山頂へと続くルートで開かれた。その後
寛政6年(1794年)に「普寛」さんによって王滝口が一般庶民にも開かれた
のだ。彼らは、死後の魂は山へと還る、「死後の霊魂は童子として御山
に引き取ってもらえる」として、御嶽山の山岳信仰が庶民にも広まって
いったらしい・・・。


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「覚明堂」を越えて、いよいよ稜線に出た! やっと御嶽山の山頂である
剣が峰が見えてきたのであった~!!ここまでもメチャ長かったのだが、
ここまで来てやっと御嶽山の山頂をロックオンできたのだった~!!


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最後の稜線には雪が無くなってしまったので、僕達はスキーを山頂まで
持ち上げるのを諦めて稜線の看板のトコロでデポして、空身でラスト
スパートをかけていったのであった・・・。バックには中央アルプスから
南アルプスまでの絶景が、かくも美しく見えていたのであった~!!

そして、「御嶽山」の山頂は未だに入山規制がされているため、今回の
僕達は稜線上の二の池分岐までとした・・・。ここまで来て剣が峰山頂を
踏めないのは非常に残念なのだが、山頂はまた入山規制が解除された
時、次回に・・・。


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そして!、ついに!!、山麓を出発して5時間半程で「御嶽山」の
二の池分岐の稜線に到着できたのであった~~!!
一応、今回もヤリました~!

稜線からの景色とスキー滑走は、明日の「滑走篇」へと続く!!



by springbk2 | 2023-02-07 07:00 | アウトドア | Comments(0)